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 自然育児サークルなちゅらる・まま(@信楽)が開催している保養事業「夏休みショートステイ2015in信楽」は今年で4年目を迎えます。
http://naturalmama.shiga-saku.net/c50172.html
利用する側、迎える側、相互の立場をひょいっとこえて、お母ちゃんお父ちゃんたち、子どもたち、いろんな人たちが支え合う「場」になっています。大地震や原発事故や、戦争について、憲法について、いろいろ考えなきゃならないことは沢山あって、人任せではいられないよね!

 信楽の保養に参加したお母ちゃんたちが地元の越谷市で選挙活動して、お母ちゃん市議さんが誕生したらしい!そんなすごいみなさんが信楽にくるらしい!それは、おはなし聞きたいなーということで、くらしとせいじカフェ開催し、20人以上のお母ちゃんたちが集いました♪


まずは、カフェ参加者さんのひとこと自己紹介から~☆


信楽の保養も今年も4年目、負担が偏らず、楽しくできる保養を目指しています。

「くらしとせいじカフェ」は参加者さん、お一人お一人に一言ずつ想いを話してもらうんやけど、これが面白い。今日も楽しみです!


今一番思ってるのは安保法制のこと。あと、武藤議員のこと。そんな話しを保育園で出会うお母さんとかにもしていきたいけど難しいところがあって。だけど避けて通れないことやから自分たちのこととしてこんな輪が広がっていったらいいなって思っています。


311のあと、関東から滋賀に移住して4年になります。当時も意識の高い人はパニックになっててどうするどうするって感じで、だけどそうじゃない人は普通に暮らしてる状況でした。私は縁があって自然も多い滋賀に住む事にしたんだけど。今、いのちの学校作りをしています。学校に行っていない子もいられるそういう場所を作りたいなって思っています。


放射能のこととか政治のこととか全部つながってて、こういう機会におはなし聞かせてもらっていつも勉強させてもらっています。


甲賀市で森のようちえんをはじめました。自然派なお母さんが来てくれていますが、こういう活動なんかも発信して広めて正確な情報を伝えていけるようにと思っています。


東京に住んでいるんですけど、子ども達には水、食べ物や遊ばせる場所など気にして放射能をいかに避けるかって暮らしをしています。一方で周りの人は無関心。みんなで気にしたらもっと変わるんじゃないかっておもうんですけど。原発問題、生活者がどういう風に考えるかっていうところですごく左右されるところがあって、そして政治へのアプローチも重要なのかなって思っています。


娘のようちえんで出会ったお母さん達とは食べ物の事とか環境のこととかいろいろしゃべれた。そこで出会った友だちと、今日は午後からここでライアーといのちのおはなしをさせてもらいます。


なちゅままの保養は2回目です。みなさんの繋がりをみていたらこういう繋がりが社会を変えられるかもしれないって思います。祖父母は戦災で焼けだされているので、私が子どもの時になんで戦争をやめさせられなかったの?って聞きましたら「どうしようもなかったんだ」って言いました。私はどうしようもないって大人が言うのはおかしいんじゃないって思いました。自分は教育を受けてなんとか出来る大人になろうって思った。こっちで感じた事は大地につながって市民が声を上げていくそういうことと、都市部の人がつながるってことが大事だって思うんです。市民がきちんと声を上げていく事が力強いんだって思いました。政治の仕組みにからむように仕組みに沿ったカタチで声を上げていくっていうのが必要なんだなって。


私は中学生のときに障害者問題や差別のこと、反核、反戦運動いろいろやっていて、13、4歳のころが一番政治活動をやっていたとおもいます。そのころにあきらめも感じて。政治ってきたないなって思って、党で分断しているかぎり絶対この世の中は良くなれへんって思って、やめたんです。だけど311のあとおかあちゃんやらみんなが動き始めて、みんなと一緒になんかできたらなって思っています。


今、なんか思考停止状態。原発事故後はむっちゃばーって動いて、めっちゃ燃えててんけど、いまちょっと疲れててみんな頑張ってくれてるしいいかなーって。あとから付いていきます~


事故以降、保養に行くと自分にたようなお母さん方とお会いしたしあれがきっかけで色々気にするようになったっていうお母さんもいて、言い方が難しいですけど、あの事故がきっかけで人がつながっておおきなうねりになっているんじゃないかなって感じています。最近思うのは、デモに一緒に行ってくれるのがすごく若いお母さんが多くって、デモに対する気持ちがちがう。わたしなんかはじめてデモに行ったときはすごく怖かったんですね。だけど20代のお母さん達は全然そういう感じじゃなくって、例えば中学から三宅さんの音楽を聴いてて、ライブにいったら社会的な事を発言しててぼんやり聞いてたけどそれの輪郭がはっきりしてきて、だから一回デモ行っとくかみたいなかんじ。それこそ軽いのりでみんながフランクに無邪気にいろんな事を言って成熟させていく時代になったんだなって感じています。


母からいつも放射能や放射線の危険性を教えてもらっています


事故後、2年間避難してて、東京に戻るときに避難していましたとは言いにくくって。だけど政治のこととか自分の考えをもって活動している友だちができて、すごいなって。わたしは母親として子どもの食べ物けこととか環境のことなんか考えてやるんですけど、だけど家族の中でも考え方が違ったりして、家族ですらそうだからだから他の人の前で発言するのはむつかしいなって。今、いろいろ勉強出来たらいいなって思っています。


原発事故前はなんとなく原発っていやだな思ってたけど、あんまり行動していなくって、こんな事故になってしまって。震災のことでひどい目に市民があってるのに、そんななか戦争に向かおうとしているなんて許せない思いです。「憲法カフェ」を友だちのようちえんで聞いて無関心なママにも少しでも広めたいなって、我が子の小学校のPTAに打診したらなんとか通ったんだけど、最後、校長先生のところで止められて。公立の学校では出来ないって反対されて。政治的な話しは委員会からクレームが来るかもしれないからっていうことで。じゃあ集団的自衛権のことは抜いて憲法のことだけについてもどうですか?っていったんですけどだめで。結局、近所の地区センターでやったんですが、学校の外でやると来てくださるのは意識の高い人ばかりで、無関心そうに伝えるにはやっぱり学校でできたらいいなって思います。自分に出来る事をやろうって思っています。


私が住む草津でもうすぐ市議選があるので「くらしとせいじカフェ」やりたいと思っています。子育てする中で、子どもには自分で選択出来るようになってほしいし、世の中も色々選択出来る世の中になってほしいと思っています。


千葉から来てて、ここの保養は3回目で、着いた瞬間に涙でてきちゃって。むこうでは泣かないのに。震災前は、日々に追われてただ生きてってかんじだったんですが、信楽の保養がすごく大きく私の性格を変えてくれている気がします。今日はみなさんのお話を聞きたくって参加しました。子どもがサッカーやりたいていうんだけど、線量が気になって入れられないなーっておもって、やっと空手をしてて。こっちで親子でサッカーをやりたいと思います。


ママ友とは政治の話しはできない感じがあって。だけどみなさんの話しを聞いて勇気をもって、肩の力をぬいてしゃべっちゃってもいいんじゃないかっていうふうに思いました。


越谷市で、地震後の原発事故後に、放射能のことなど不安に思ってるお母さん達が4人くらい集まって「五年後十年後を考える会」というのをを立ち上げたんですが、当初は放射能から守りたいってことだったんだけど、やっぱり政治とか色々つながってて、こんどは有志で「いのちと暮らしを考える会」を立ち上げました。放射能問題とか給食の完全米飯運動とかいろんな活動をやっています。

子ども達が豊かな社会に育ってってほしい。その活動の中から、山田さんを代表として立候補してもらって、私たちはバックアップをずっとしています。関心の無い方にも伝えていきたいと思っています。


「五年後十年後を考える会」に出会った当時、放射能気にしてるのになんでマック食べるのって怒られたんです(笑)私、放射能じゃなきゃいいと思ってて。





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越谷のお母ちゃんズのつながりが、なによりすばらしい!!

明るくって、キレがいい、前向きなかっこいいお母ちゃんたち

ぽんぽんっとここちよいテンポのコミュニケーションがあって

子どもたちへの優しいまなざしがある

明るい明日をめざしているひとりひとりが

お互いできることを持ち寄って支え合っているかんじ

とってもステキでした!


つづいてお母ちゃん市議になられた山田裕子さんのお話です♪


山田裕子さん(二児の母、越谷市議会議員)

 一年前はまさか自分が選挙に出るなんて思ってなかった。選挙ってどんなものかも知らなかった。下馬評では無理って言われていたんですけど、お母さんたちの選挙がめずらしかったのか、蓋を開けてみれば5位で当選する事ができました。だけど私たち、選挙活動中は手応えを感じてなくって。車もないし、自転車オンリーで街宣活動して、自分たちで作った雑貨を売って資金をつくるとかそういう手作り選挙をやったんです。

 おととい、視察で新潟の長岡市の山古志地区に行きました。中越地震で壊滅的な被害にあったところです。そこから復興していったところなんですね。移住したお母さん達が移住女子をテーマにした雑誌を作っていたり、公園の中に子育てサロンをつくったり、面白い取り組みをしていて、震災を機に人間性が復興していくっていうふうに感じました。その視察で改めて、お母さん達のパワーってすごい、私達、自分の力を侮っちゃいけないなって感じました。

 私は仲間と出会って、ワクチンや食べ物のこと放射能のことなど色々考えて活動していました。だけど私は会の代表でもないし、表に出て行くタイプでもない。気持ちはすごくあるけど自分で何かをするのはちょっと‥っていう程度だったんです。

 私は市民ネットワークという全国に50くらいある地域政党の所属なんですね。越谷にも越谷市民ネットワークっていうのがあって、生活クラブ生協のお母さん達が最初10人くらいで立ち上げたグループで、その10人のお母さん達の中からひとり議員を出そうということで25年前に出したのが始まりだったんです。活動費はカンパ、活動を支えるのはボランティア、立候補者の持ち出しは無いんですね。そういうなかでずっとバトンをつないできたんです。3期で交代していってるんですけど、いろんな市民が経験していくっていうことで、卒業したらまた市民活動をしていくっていう。そういう風にして市民力を上げていこうっていうコンセプトがあるんです。

 市民ネットみたいなところでも女性が議員になるってハードルが高いんですよ。家族の理解や経済的な事情等でなかなか難しい。私はたまたま自分の仕事をやめたばかりのタイミングで、議員活動に割とポジティブなイメージを抱いていたんです。知らない部分もあったからなんですけど。いろんな人との出会いがあったし、誰かのためになるとか、子どものためになるとか興味はあったんですよね。夫に相談したら、新しい目標が見つかって良かったねって言ってくれて。議員は市民と議会とをつなぐ役目ということで、疑問を持った事はみんなで調査したりしてやっているので、私の役割としては「代理人」。みんなの声を代弁する人って感じなので、あまり気負いなく、「やります」って手を挙げた。

 選挙活動をみんなでやってみてすごい良かったなって思うのは、みんな普通のお母さん達だったのに、活動するなかで、どんどん潜在能力が引き出されていって、未知の自分に出会えた感じで。5000軒近く尋ねて自分の想いを伝えにいったりとか、駅立ちをやったりとか、そんなことも思いのほか楽しく出来たんですね。駅立ちでしゃべるのも普通は候補者ひとりでしゃべるんですけど、私たちは前説、私、後説ってやってて。はじめは原稿を作ってしゃべってたんだけど、だんだんみんな自分の言いたい事をしゃべるようになって、学校の図書館に司書が足りないんですとか、ワクチン接種はやめたほうがいいと思うとか。誰が候補者か分からないくらい。こういう雰囲気を自然に作り出せた事がよかったなって思います。本来そうあるべきだと思う。議員だけが頑張るんじゃなくって、みんなでやる。おまかせにしないって言う意味ではそれを体現した選挙ができたなって。

 議会の中では32人議員がいて私は4人で会派を組んでるんですけど(市民ネット2人、無所属の市民派議員2人)、自公が多くて、民主も自公とくっついてるみたいなところがあって、議会の中では少数派なのでワクチン、給食、安保法案のことなんかについても、請願出ても本会議では数で負けちゃうってことになるんです。急に何かを変えられるとは思っていないけど、市民への発信は出来る自信はあって、2年後の市長選、4年後の市議選には市民の力を底上げして、選挙で逆転させたいなって、前向きに活動をスタートさせたところです。

 選挙をお母さん達と戦いぬいた事で、私たちだったら何でも出来るよねっていう根拠の無い自信ができたってこと、誰が候補者かわからないっていうみんなでやる選挙ができたってことが大きくって。先日の議会の一般質問の内容も、みんなで考えて作った原稿を読む。だからみんな気になって傍聴に来る。中にはやじる議員なんかもいて、なんだこいつは!って。ぜんぜん別件の議題でも、あいつが余計な事言わないかって、また傍聴にいくとか、どんどん議会を監視する役目になっていったり。自分が少しでも関わると議会を見に行きたい気になります。あと、私の発展途上なところが、みんなを関わらせるんじゃないかって前向きにとらえています。

 原発事故の絡みで言うと、越谷市が福島県の二本松に施設を持っているんですよね。市民も使えるんだけど、主に学校が林間学校などに使ってるんですね。震災の後、線量が高かったから中止していたんですが

そのままほっといても維持費がかかるだけだし、。私たちが計測したらそんなことなかったんですけど 、市が計ったら基準値以下だってことになって、来年から再開させようって動きがあるんです。私たちはそれはぜったい許せないってことで、私が市議になる前からみんなで要望を出したりしてきたんですよね。今までは議会の外から請願したり要望したり電話したりしていたのが、議会の中にもそういう事言う人がいるっていうのが多少なりともいい事なんじゃないかなって思います。関東では他でも同じような問題がおきてきてて。

 これまで、市議会の欠席理由は「事故」しか認められてなかったんですよ。それが先月の議会で全国的に「出産」も加えようという動きがあって、「出産」の文言が入ったんです。私の会派は「出産」の文言が入るのなら、「育休」「介護」「看護」でも休めるという文言を入れようという提案をしたんですけど、議会の中で年配の男性や女性の議員から「出産」って病気じゃないでしょう?とか、「育休」について、出産はかわりがいないけど、子育てにはかわりはいるでしょうとかいう発言が出るんですよ。実際の子育て世代とは感覚がちがうなと。

 私の会派は市民派議員4人の会派なので市民からの信頼はあると思うんですけど、議会の中では仲間はずれみたいな感じがあって、どんな事でも私たちの会派の発言や提案は私たちが言うから反対するっていう事はしょっちゅうあります。だけど私たちが心ががけているのはそれを常に市民に公開するということ。現場で話すとか、SNSで発信する。議会を見えるようにしていく。そして市民の見方を増やしていくってことが、今一番できることなのかなって。

 秘密保護法の議論のときに、同じ会派の議員が、慎重に議論してほしいという意見書の提案すら通らなかったので、本来は保証されている権利なのに不当に処置されたというふうにツイッターでつぶやいて。その「不当」っていうところがおかしいってことで議会で問題にされて、反省しろと。議会では反省を促す決議が採決されてしまったんですが、でもそこでそれを撤回してほしいという署名が、3週間で3700筆の市民の署名が集まったんですね。そこではじめてつながった市民の繋がりもあって、それが今回の選挙にもつながっているんです。

 市議になって、私の暮らしはどのように変わったかというと、選挙期間は市議の場合は一週間なのですがその選挙期間の慌ただしさがずっと続いてるってかんじです。議員によって、活動しようと思えばできるし、だらだらもできる。だけどわたしは家事と育児と市民ネットワークの活動、議員の活動で本当に時間が足りないし、それこそ政務活動費も足りないって感じなんですね。ワクチン、放射能、子育てのことは当事者ですから、ある程度は分かっても、行政のことで知らない事はいっぱいあるんですよ、専門家ではなかったから。だから今、勉強する時間が本当に足りないです。だけどひとりで全部抱えるのは無理なので、ママ友と育児のシェアをしあったり。子どもを迎えに行くと、ママ友がおかずを作ってくれてて、これ食べてねって。選挙やらなかったら、議員やらなかったら感じられなかった暖かさだなって思います。助けを求めるって技術を磨いてるっていうか(笑)

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お昼ご飯を挟んで、午後からは
ちさちゃんとめいこさんのライヤーと平和のお話「平和のかけら。」

めいこさんがはじめに
平和がテーマの絵本を読んでくれました
しみじみ聞き入る参加者さんたち

だれかに絵本を読んでもらうって
こどもも、大人もうれしいなー

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そして、
毎日の暮らしの中でのはっとすることありますか
という問いかけに、
参加者ひとりひとりが自分の気付きに向き合う時間、語る場

ちさちゃんのライアーの音色が
やさしく包んでくれるように流れるすてきな時間となりました

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みなさん、ありがとう!!